渡辺 学

わたなべ まなぶ
日本共産党川崎市議会議員

プロフィール


略歴

  • 1952年新潟県五泉市生まれ。
  • 1972年新潟県立新津工業高校卒、(株)東芝小向工場入社。川崎市立南河原中学校PTA会長など歴任。
  • 現在、南幸町3丁目南町内会役員、子ども会会長。
  • 2015年市議会選挙で初当選。 市議会健康福祉委員会(健康福祉局、病院局、消防局)副委員長。
  • 幸区南幸町3丁目在住。 家族は妻と二男一女。

渡辺学ってどんな人?

新潟県の農家に生まれる

中学バスケット部副キャプテン  1952年新潟県五泉市で男3人の次男として生まれました。家は兼業農家で、父が大工業を営んでいました。

蒲原平野のJR磐越西線沿い、水田が広がるなかでのびのびと暮らしました。両親が遅くまで働いていたので夕方暗くなるまで近所の子らと遊んでいました。いつも遊んでいる広場に杉の木を植えるという話を聞き、遊び仲間と抗議に行ったとか。正義感の強い子どもでした。(写真:バスケット部(前列右端))

中学校ではバスケットに熱中し、夏は下駄ばきで学校に通っていました。当時は下駄ばきが当たり前、それを履くことが大人の証しといえる時代でした。

東芝小向工場に就職

職場仲間と安達太良登山 新潟県立新津工業高校に入学。卒業後、東芝小向工場に就職しました。就職してから東芝労組の青婦人部に関わるようになりました。当時から東芝労組は労使協調路線。その労働組合の性格を実感する出来事が起こりました。(写真:職場の仲間と登山(左端))

ある職場で生理休暇が取りづらいとの声が寄せられ、アンケート調査の結果、事実であることがわかりました。当該職場の課長と話し合いを持ちたいと組合執行部に申し込みましたが、組合側は許可しませんでした。それどころか逆にその行動が上司に伝わり、「第二組合でもつくる気か」とあらぬ疑いをかけられました。

「職場を良くしたいだけですよ」と反論したものの、労働組合と会社とが一体になって、働く人々の要求をつぶしてくる実態を初めて実感したそうです。

入党、そして差別

労音第九合唱 そんな中で、持ち前の正義感から日本共産党の一員となって社会変革の立場に立った人生をおくりたいと入党。

当時、東芝は、公安警察官を雇い入れ、秘密組織「東芝扇会」の育成・指導にあたらせ、民主的労働組合活動に取り組む労働者に対し、賃金・資格・役職登用・仕事などで見せしめ的な差別をしており、(後に中労委から不当労働行為の是正を命じられました)活動家は日常的に差別を受ける毎日でした。(写真:労音 第九合唱)

しかし、その楽天的な性格から攻撃をふんわりと跳ね返し、仲間の信頼も厚かったので、職制も執拗な攻撃をしづらかったようです。この頃、職場の仲間と「よい音楽を安く多くの人に」をスローガンにかかげる「労音」活動にかかわり、その活動は映画にもなりました。(「俺たちの交響楽」)

保育園保護者活動の中心に

幸区保育園父母の会連絡会総会 労音活動の中で知り合った女性と結婚。今の妻です。生まれた子どもを保育園に預け、役員を引き受けたことから、保護者会の活動をはじめました。子どもの育ちを保障する環境を改善するためには、各園だけでなく、幸区全体の保護者がつながることが必要だと幸区連絡会をつくり、その後、川崎市保育園保護者会連絡会(全市連絡会)の代表世話人を引き受けることになりました。(写真:幸区保育園父母の会総会)

全市連絡会では、公的保育の充実とともに特に力を入れたのは、乳幼児医療費無料化の拡充です。川崎の保険医協会と一緒に取り組み、当初0歳児だけの無料化が14年かけて小学校入学前まで拡がりました。

保育署名提出 その後、保育料値上げ問題や保育制度改悪問題などでも保護者の皆さんと一緒に署名活動や川崎市との交渉などで粘り強く頑張りました。時には深夜に及ぶこともありました。
 こどもが中学校に入ると今度はPTA会長に押されました。その後も役員だった方々との交流が続いています。(写真:保育暑名提出)

また、障がいを抱えるわが子のために、市の障がい者施策には注文がいっぱい。要求をもって交渉も開始しています。

こうした経歴から、川崎市のこども施策、障がい者施策には注文がいっぱいです。竹間議員の後を受け、市議会で大いに論戦をたたかわせたいと闘志を燃やしています。

「妻が語る夫」

渡辺智子 夫は、長男が生まれてから、子どもの成長と共に保育園・学童保育・わくわくプラザ・中学校PTA。そして今は町内の子ども会で、ずっと『会長』と呼ばれてきました。自分の子どもだけでなく、すべての子どものことを考え、さまざまな問題には冷静に、子どもにとって良いことはなにかを第一に考えて行動している姿はすごいと思っています。ひとにたいするあたたかさと正義感のある態度は、これからも変わらずつらぬいてくれると信じています。                 渡辺 智子

渡辺学さんが市政に挑戦することについて家族は…

渡辺学家族●「そのうち何かやると思っていた」(長男27歳)

●「おやじ、市政への挑戦なんて そんなに甘くないぞ!」(次男25歳)

(写真:長女(友)と自宅前にて)

渡辺学さんに期待します!

せ 川口弁護士憲法が踏みにじられ、労働者派遣法の改悪により市民の暮らしが破壊されつつある今、市民を守るのは地方自治体しかありません。格差社会を是正し、生存権が保障される川崎市政をめざす渡辺さんを応援します!
川口 彩子(弁護士)

能渡さん自分の子どもだけでなく、すべての子どものことを考え、子どもにとって良いことを第一に考えて行動する姿に感銘し応援しています。
能渡 義信(鹿島田子ども会バレーボール部総監督)

山寺先生誠実な人ガクさん。これまでも保育園保護者連絡会代表として、力を注いでこられました。福祉関係などでの地道な活動ぶりは皆さんが認めておられます。相手の話をじっくり聞く人でもあります。自分の言いたいことだけを一方的にしゃべる人が多い中、これは貴重な資質です。縁の下の力持ちから、市政の表舞台に立って、私たち市民の声を聞き取り、川崎を良くするために働いていただきたい。期待しています!
山寺 圭子(声楽家、合唱指導者)

昼間さん国道1号(第二京浜)の歩道が2メートルから4メートルに広がり、歩行者と自転車を色分けした安全な道路に生まれ変わります。2001年、国は23メートルの道路を30メートルに拡幅すると発表し、沿道の住民に立ち退きを迫りました。怒った住民たちは「川崎国道1号線問題協議会」を結成してねばり強く交渉を重ねてきました。遠藤町は、全国でも有数の自動車排出ガスの大気汚染地域です。国との協議の結果、全長2.8キロメートルのうち約1キロメートルを片側3車線を2車線にして、歩道を広げることが合意されました。公害をなくして安心して住める幸区にするため、渡辺学さんに期待しています。
昼間 忠男(川崎国道1号線問題協議会事務局長)

平林さん私は15年前まで36年間数学の教員でした。今伝わってくる学校現場は、子どもにも、教職員にも息苦しいものになっていることです。渡辺学さんは常に、わが子と共に、父母会にかかわり、明るく楽しい園、学校づくりにとりくんできました。今ほど彼の力が市会に必要な時はないと思います。
平林 茂(南幸町3丁目在住 元川崎市立中学校教員)

桜井さん渡辺学さんは仕事をしながら3人の子の親として保育園、学童保育、学校の父母の会・PTAで活躍してこられました。地元では町会の子ども会の役員としてがんばっています。今後は、議会の中で川崎市が「楽しく子育てできる街」「市民が安心して住み続けられる街」づくりのためご活躍を期待し応援させていただきます。
櫻井 悦子(新日本婦人の会 幸支部支部長)

山岸さん渡辺さんの「循環型地域経済が私の理想です。中小業者の声を一つ一つ拾い上げ市政に生かしたい」との言葉に同感です。私たちの声が市政に届くように全力で応援します。
山岸 勇(幸民主商工会会長)

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